新制度の問題点

2021年度(2020年度実施)の大学入学共通テストにおいて英語民間試験を利用することには,主に以下のような問題があります。

1. 「各資格・検定試験とCEFRとの対照表」に科学的な裏づけがない。(資料①)

(1) 構成概念(測る能力)が異なる試験の成績を比べることはできない。

  • テストはそれぞれ独自の目標のために,測定する対象となる能力を想定してデザインされる。よって,仮に,XさんはGTECを受けて「A2」,Yさんは英検を受けて「A1」のスコアを得たとして,XさんがYさんより能力が高いと言える科学的根拠がない。両者が同じ試験を受けたら,YさんがXさんより良い成績をとる可能性が十分にある。これでは公正公平な選抜と言えず,受験者の理解も得られない。

(2) CEFR(ヨーロッパ言語参照枠)が誤用されている。

  • CEFRは多様な国や地域で多様な母語をもち多様な教育を受けた人たちの第二言語能力を大まかに評価するための目安であり,「国際標準規格」ではない。
  • CEFRはあくまで個々人の能力発達の目安となるものであり,大勢の受験生の能力を数値化して比較するために使うべきものではない。
  • CEFRは完成しておらず,改善が進んでいる。2021年度入試から日本で用いられようとしているものは,見直し前の古いバージョンである。

(3) 対照表は,各試験団体が行った(自己申告した)当該試験のスコアとCEFRの6段階の「対応づけ」をつなぎ合わせたものである。第三者による科学的な検証が行われておらず,信用できない。

  • 各試験団体が行ったCEFRとの対応づけを検証したとされる「英語の資格・検定試験とCEFRとの対応関係に関する作業部会」(文部科学省内に設置)は,審査される側の民間試験団体の代表者(5名)と民間試験の開発や対応づけに携わった研究者(3名)から成り,客観的かつ科学的な検証をする資格と能力のある第三者を含んでいない。
  • 作業部会において辻褄合わせの対応づけの変更が行われた。
  • 和製の民間試験については,対応づけ論文の学術的不備を多くの専門家が指摘している。
  • 多くの受験生が利用すると見込まれるGTECと英検には,共通テストとして使われるにあたって仕様を変更した試験が多く,対応づけの前提となる同一試験内の等化・標準化(どのレベルのどの回のテストを受けても,同じ能力なら同じ成績が返されるような統計処理)が十分とは考えがたい。

(4) スコアのダンピング(対応づけの下方修正)が起こる可能性があり, すでに前兆がある。

  • 受験生が良い成績を簡単にとれる試験を選ぶのは必然。すでに幾つかの試験がそのことを想定したと思われる根拠不明瞭な対応づけの変更をしている。今後,受験者獲得競争が加熱するにつれ,スコアのダンピングが激しくなることが危惧される。

(5) GTECのCBTタイプやTOEICは,1つの試験でA1レベルからC1レベルまで判定できるとしているが,限られた問題数でそれを行うのは無理がある。

2. 「大学入学英語成績提供システム」の参加要件は公表ベース(公表していればOK)であり(資料②),試験の質に関する実質的な審査は行われていない。また,試験の運営は各民間試験団体に丸投げされており,第三者が監視・監査する制度がない。

(1) 学習指導要領との整合性が乏しい民間試験が含まれている。

(2) 採点の質が担保されていない。(資料③)

  • どのような資格・資質の採点者が,どのような体制で採点を行うのか不透明。
  • 特に和製の民間試験は,受験料が海外の試験の数分の一(たとえばIELTS は25,380円,GTECは6,700円)であり,同水準の質の採点が行われているとは考えがたい。

(3) 障害等のある受験生への合理的配慮が不十分(資料④)

  • 現行の大学入試センター試験では障害に対する配慮の統一基準があるが,民間試験については障害等への配慮が試験団体によって異なる。
  • 特にスピーキングについては,話すことにかかわる障害に対する配慮がほとんどなされていない。また医学的には認定されにくい障害や,十分に社会的に認知されていない要因が成績に影響するケースが少なくないが,それらに対する配慮も不十分。

(4)トラブルや不正への対応が不透明

  • 作問や採点のミス,機器トラブル,問題漏えい,受験時の不正等が発生した際の対応等が民間試験団体に任されており,共通テストとしての責任体制が構築されていない。このままであれば,情報隠蔽の可能性も否定できない。

(5) 受験対策で利益を得る試験団体がある。

  • 民間試験団体の中には,当該試験の受験対策のための問題集やセミナー,通信教育などを販売しているところがあり,試験の公正性維持が危ぶまれる。(資料⑤)
  • 民間試験団体が受験対策事業の収益を伸ばすためにテストの仕様を変更する可能性がある。テストの仕様が変われば,それまでの問題集等が使えなくなり,新たな需要を生み出せる。

3. 全員がトラブルなく受験できる目処が立たず,混乱・不安が広がっている。

(1) 会場や人手の確保が難航している。

  • 共通テストへの導入に伴って,あらたにテストセンターを設置したり(英検),高校会場以外の会場を探したり(GTEC),これまでにない試みが短期間で行われているが,間近に迫った制度開始までに十分な数の会場や監督者等が確保できるかは不明。無理をすれば,大きなトラブルにつながりかねない。

(2) 高校会場の利用により,公正性・公平性が低下し,高校教員の負担が重くなる。

  • 最も多くの受験者が見込まれるGTECは,昨年12月までは,受験生の高校を会場としないと公表していたが,本年5月にその方針を変更し,高校会場が使われることになった。当該高校の教員は試験監督をしないことになってはいるが,大学入試としては公正性を欠く恐れがあり,学外の試験会場で受験する生徒との不公平も生じる。また,すでに過労状態といわれる高校教員に会場設営や生徒の誘導等,大学入試の運営に伴う負担を課すことになる。

(3) 情報の周知が遅れている。

  • 複雑な制度の詳細がバラバラと五月雨式に文部科学省から発表されるため,新制度に 関する重要な情報が教員や受験生,保護者に行き渡っていない。特に,浪人生,既卒者,専門高校や進学校以外の高校からの大学進学希望者が不利益を被る恐れがある。

4. 合否判定にまったく,あるいは,最小限の影響しか与えない民間試験の使い方をしながら,全員に受験を課す国立大学が多く,受験生は不合理な経済的・時間的・精神的負担を強いられる。(資料⑥,資料⑦,資料⑧)

  • 成績を不問としながら全員に民間試験の受験を課す岡山大学については,民間試験の受験料を払うことが実質的な出願資格となっている。
  • 一般的な高校教育では到底望めないC1以上だけに加点するにもかかわらず全員に民間試験の受験を課す三重大学や,A1以上を出願資格とする大学も,それに近い状況である。
  • 総じて,国立大学は,民間試験の利用に不安を抱えながら,国の既定方針や国立大学協会の「全員に課す」という基本方針に逆らえないという理由で民間試験の採用を決めたところが多く,一国の大学入試のあり方として極めて由々しき事態になっている。
  • 一方,今になっても学内の意見集約ができず,民間試験の利用法を決定していない大学もある。(資料⑨)
  • そもそも,国立大学協会が2021〜2024年度入試の受験生だけに共通テストの英語試験と民間試験の両方を課すと決めたのは,民間試験の利用に関わる諸問題が解決していないからであるが,正規の受験生を制度の「お試し」に使うことなど,国立大学として恥ずべき行為である。また,大学をその方向に引っ張る文部科学省の視野にも受験生が入っておらず,この「改革」は一体だれのためのものかという疑問が湧く。

5. 受験機会の不平等

(1) 共通テストに求められる受験機会の均等が保証されていない。

  • 民間試験の受験料は最低でも5千円台,高いものは2万5千円を超える。そのうえ,試験会場が全国に数地区しかない試験もあり、都市部と地方とでは選択肢に大きな差がある。
  • 幼いころから民間試験や受験対策講座などを手軽に受けられる都市部の富裕層に圧倒的に有利な制度であり,地方の低所得層からの大学進学をいっそう難しくする。

(2) 非課税世帯や離島・へき地の受験生の負担を軽減するための「例外措置」が機能しない。

  • 高2時にB2(英検準1級合格程度)以上の成績を有する生徒は高3時に民間試験を受けなくてよいという制度だが,設定されたレベルが高すぎて(中学校教員の30%あまりしか達していないレベルで)負担軽減策として機能しない。(資料⑩)

6. 4技能やスピーキング能力が向上する確証がない

  • 入試をテコに教育を変えようという試みであるが,本末転倒であるばかりか,入試を変れば英語教育が改善するという理論的・実証的証拠がない。それにもかかわらず,「改革」と引き換えに犠牲にするものはあまりにも大きい。

結論

これだけ混沌としたなかで受験期を迎える2021年度(2020年度実施)入試の受験生の多くについては,「改革」によって4技能が伸びることなどもはや望めない。目的を果たせないことが分かりながら,先に繋がるまぐれに賭けて民間試験の導入を強行することは,個々の受験生の人権を侵害し,高大接続改革の意義をないがしろにする。「全入時代」といわれる今でも,一人ひとりの受験生にとって,大学入試は自らの将来をかけた真剣な挑戦の場である。公平,公正な入試を用意することは社会の当然のつとめであり,受験生の権利でもある。その前提を欠いた入試は暴走以外の何ものでもない。

【引用した資料】

① 各資格・検定試験とCEFRとの対照表
② 大学入試英語成績提供システム参加要件
③ NHK 時論公論(2019年06月10日)
④ 毎日新聞(2019年5月18日)
⑤ 毎日新聞(2019年6月8日)
⑥ 毎日新聞(2019年5月8日)
⑦ 日本経済新聞(2019年1月14日)
⑧ 北海道新聞(2019年5月6日)
⑨ 朝日新聞(2019年5月31日)
⑩ 朝日新聞(2019年5月28日)